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前回の復習(仏教の本末(2)「阿弥陀仏」)
仏教がよく分かる例え話があります。
「病で苦しむ人がいた。見るに見かねて何とか助けてやろうと医師が現れた。医者は病気を治すために薬を作る。病人が薬をのんだところ、病が全快した。救われた人は、医師に何度もお礼を言わずにおれなくなった」
この例えが何を表しているか分かれば、仏教はすべて分かります。今回は、病の特効薬について解説します。
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Q.特効薬とは何のことですか?
A.特効薬とは、阿弥陀仏がつくられた「南無阿弥陀仏」のことです。弥陀のお名前が織り込まれていますので、これを六字の名号といいます。弥陀の無量光の智慧と、無量寿の慈悲によって完成した「南無阿弥陀仏」には、「抜苦与楽」(苦を抜き、楽を与える)の働きがあります。
科学が急進し、物が豊かになっても、“ああ、幸せだ”と心からの満足がないのはなぜでしょうか。それは私たちが、“無明業障という心の病にかかっているからなんだよ”と、仏教で教えられます。名号には、その無明業障の病の苦を根本から抜き、絶対の幸福を与えてくだされる働きがあるのです。
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Q.名号にはどれほどの力があるのですか?
A.お釈迦さまは『大無量寿経』に、「十方恒沙の諸仏如来、皆共に無量寿仏(阿弥陀仏)の威神功徳の不可思議なるを讃歎したまう」“大宇宙のあらゆる仏が、声をそろえて、弥陀のつくられた南無阿弥陀仏の威神力を褒めたたえておられる”と明言されています。
そんなものすごい力のある名号ですから、釈尊は生涯、この南無阿弥陀仏の功徳一つを説いていかれたのです。一切経は、南無阿弥陀仏の大功徳の効能書きなのです。
ですから蓮如上人は、「一切の聖教(仏教の書物)というも、ただ南無阿弥陀仏の六字を信ぜしめんがためなり」とおっしゃっています。
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Q.それほどの功徳があるとは思えないのですが。
A.蓮如上人は『御文章』に、「『南無阿弥陀仏』と申す文字は、その数わずかに六字なれば、さのみ功能のあるべきとも覚えざるに、この六字の名号の中には、無上甚深の功徳利益の広大なること、更にその極まりなきものなり」。
“南無阿弥陀仏という文字は、たったの漢字六字だから、そんなすごい働きがあると思えないだろう。だがこの六字の名号には、想像を超えた、私たちを絶対の幸福にする広大無辺なお力があるのだよ”とおっしゃっています。そう思えないのは豚に真珠、猫に小判で、私たちに値を知る知恵がないからです。
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Q.それほどの功徳があるとは思えないのですが(2)
A.名号は阿弥陀仏の仏心の象徴であり顕現ですから、いくら分析してもその尊さは分かりません。イギリスの化学者ファラデー博士は、いつも学生に向かって、「母親の涙も化学的に分析すれば、少量の塩分と水分にすぎない。しかし、その涙の中には化学も分析しえない深い愛情が込もっていることを知らねばならない」と教えていました。
名号六字は、説くことも想像することもできない弥陀の大慈悲を、私たちに受け取りやすい姿になされたものですから、私たちは六字の御名号を通して、阿弥陀仏の仏心を頂かなければなりません。
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Q.浄土真宗の正しい御本尊は、御名号であるというのは本当ですか?
A.本尊とは、根本に尊ぶべきものと書くように、仏法では最も大切なものです。では、浄土真宗の正しい御本尊は何かというと、それについて蓮如上人は、
「他流には“名号よりは絵像、絵像よりは木像”というなり。
当流(真宗)には”木像よりは絵像、絵像よりは名号”というなり」(御一代記聞書)と明示され、浄土真宗の正しい御本尊は、御名号であると明言されています。それが親鸞聖人の教えであることは、聖人が生涯、御名号のみを御本尊とされ、門弟たちにお勧めになっていた歴史上の事実からも明らかです。
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