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因果の道理は仏教の根幹といわれます。根幹とは、木でいえば根や幹のこと。根っこがなければ木は枯れ、幹を切ったら倒れてしまう。因果の道理が分からねば、仏教は一切分からなくなってしまうのです。
仏教は、七千巻余りもの一切経にすべて書き残されていますが、それら一切経を貫いている教えが、因果の道理です。
いかに因果の道理が仏教を知るに大事なことか、お分かりでしょう。
まず「道理」とは、仏教で「三世十方を貫くもの」をいわれます。
「三世」とは、過去・現在・未来、「いつでも」ということです。
「十方」とは東西南北上下四維、「どこでも」ということです。
いつでも、どこでも変わらないものが道理です。「江戸時代は通用したが、現代には当てはまらない」とか、「アメリカでは通用するが、日本では通用しない」などというものは、道理とはいえません。
いつの時代でも、どこへ行っても正しいこと、変わらない事実を、「道理」といいます。
仏教は、そんな道理を、二千六百年前から教え続けているのです。
「これだけ時代が変わったのだから、仏教も変えなければいけない」という意見を時々耳にしますが、時空を超えた普遍の道理が教えられていることを、知らないからでしょう。
「因果」とは、原因と結果のこと。
どんなことにも必ず原因がある。原因なしに起きる結果は万に一つもありません。
例えば、飛行機が海に墜落すると、多額の費用がかかっても、機体を引き上げ、原因を調査します。原因なしに墜落することはありえませんし、その原因を取り除かなければ、墜落を防止できないからです。
もちろん原因不明ということはあります。飛行機が海底深く沈んでしまえば、墜落の原因を知ることはできないでしょう。
しかし、原因が分からないことはあっても、原因が無いことはありえないのです。
墜落や事故などの物理的な因果関係もありますが、仏法では、私たちが何よりも知りたい、幸福や不幸の原因と結果の関係が教えられています。
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